キャンプの夜はいい。笑い声がこだまするような時もあれば、濃縮した語りの時間もあって、それが交互に押し寄せたりして、いつの間にかうつらうつらしてたりする。

吟遊詩人みたいな仲間がいるといい。バロウズやギンズバーグを読まなくとも、谷川俊太郎やあまんきみこの一節でいい。野外の夜にはいっそう響くものだ。

「物語は焚き火からうまれた」という説もあるんだという。日中の会話が仕事の話だったり愚痴だったりするのに対して、炎を囲んで話される内容は、8割が物語だったとか。確かに思い当たる気がする。

ソロキャンプの夜もまた別格だ。ランタンの灯りが陰影をつくると、魑魅魍魎が潜んでいそうで、ものすごく心細い。人里離れたところにポンと身を置くと、じりじりした生命力がふつふつしてきて、そして謙虚になれる。

とはいえまだ２月。１年でもっとも寒い季節。身軽にキャンプに出られるようになるのはまだ少し先だ。

この真冬に思うのは、ブッダの亡くなった月、ということだ。これは採用する暦の違いや考え方などで諸説あるのだけれど、日本では２月１５日という事になっている。この日にあわせて「涅槃会」を行うお寺も少なくはない。

ブッダは、インドのガンジス河流域を行脚していて、８０歳になったころ自身の死期を悟り、生まれ故郷へ戻ろうとする。道半ばで力尽きるのだが、その時にはブッダがいよいよ亡くなりそうだというので、弟子やら大勢、動物たちまでその臨終に立ち会わんと結集してくる。

そんな中、真偽のほどは判らないが僕の好きなエピソードがあって、それは、もういよいよ最期で、最後のお説法のシーンである。

ブッダは見守っている多くの聴衆にむけて、

「わたしはこの世を去るだろう。物体としてのわたしはもうすぐいなくなる。なにかどうしてもこれだけは訊いておきたい、という者はおるかね」

と問いかける。すすり泣く声が聞こえたり、師の一挙手一投足を目に焼きつけようとする者もおり、その声を心に刻み込んでいる者もおり…そんな中でも、質問の声は挙がらない。

繰り返しブッダは語りかける。

「これだけは訊いておきたい、という者はおるかね」

声は挙がらない。

三度、ブッダは問う。

「本当にこれで最後なのだ。わたしが去った後に、あぁ訊いておけばよかった、あぁこれをあの人の口から聞きたかった。と思っても、もう遅いのだよ。この声をもってこの響きでもって返事をすることができない」

それでも、声は挙がらない。

ブッダは、

「よろしい。それでは涅槃に入るとしよう。」

といって、涅槃に入っていったのだという。

ホントか嘘か判らないし、臨終に際しては別のエピソードもあるのだが、なんだか味わい深いじゃないか。

今の我々だって、最後に質問はあるかと訊かれても、ためらい、答えが得られず、結果宙ぶらりんのまま、それで後悔することがある。きっと亡くなられた後に、あの時確認しておけばよかったなぁなんてケースがいっぱいあっただろうな。あぁもう一度声がききたい、とひたすら何度も何度も思ったろう。

ブッダの亡くなる際も、そこに集った人々は焚き火を囲んだんだろうか。そこでなにが語られたのかな。思い出話か、教わったことの共有か。おもしろエピソードか。長い間そこで仲間と感傷にひたる者もいれば、ひとりで孤独と向き合うタイプもいただろう。すぐさま力強く歩みを進める者もいただろう。そこできっと多くのドラマが紡がれたんだろう。口承のエピソードが編まれて、後の時代にお経としてまとまっていく。お経もだから物語なのだ。

あぁ早くあったかい時期になんないかなぁ。キャンプにいきたい。