夏の全国高校野球は百年目を迎え、大いに盛り上がりました。とくに天台宗は盛り上がりました。滋賀県代表として比叡山高校が出場したからです。

比叡山高校、通称・叡高は、名前の通り天台宗の総本山・比叡山の麓にあって、「天台宗・宗内生コース」があります。人数はわずかですが宗内生は寮に住まい、一般のカリキュラムのほかに天台宗の教義や、法要の作法などを複合的に学びます。

天台宗の学校教育機関では「関西の叡高、関東の駒高（駒込高校・東京都文京区）」といい、「叡高出身です」と言えば、学生時分から根性の据わったやつ。と一目置かれる存在なのです。

そんな叡高が滋賀県予選を見事勝ち上がり、十六年ぶりの甲子園出場を決めました。久々の快挙に宗内は大盛り上がり。叡高から全国の寺院に勧募金のお願いが届きました。バスをチャーターして学校を挙げて応援に駆けつけたりと、いろいろお金もかかるのです。

いざ迎えた８月８日の１回戦。対するは大阪偕成学園。グラウンドとスタンドが一体となった攻防は、９回裏にファウルで粘りに粘ったすえ同点に追いつき、延長戦。１０回表、２アウトを取って、あとバッター１人で攻守交代というところからなんと４点を取られ、その後は得点できず、３―７で惜敗しました。試合は完全に比叡山のペースかと思われましたが…あとわずかのところで勝利の女神が微笑まなかった、手に汗握る試合でした。

「叡高が勝ち進んだ場合、嬉しい悲鳴だが戸津説法と重なってしまう！」

このころ、天台宗の内々で１つ危惧されていた事がありました。それは、「叡高が勝ち進んだ場合、嬉しい悲鳴だが戸津説法と重なってしまう！」というもの。

戸津説法とは、８月２１日～５日間かけて行われる、天台宗の大切な行事。比叡山の南東、琵琶湖のほとり・戸津が浜にある「東南寺」というお寺で毎年行われており、天台座主（比叡山延暦寺の統括）になるための登竜門とされます。

ときは平安時代、比叡山をひらかれた伝教大師最澄が、両親の追善をし、人々に『法華経』を説いたのがはじまりとされます。

以後現代まで綿々と受け継がれ、毎年６月４日（伝教大師のご命日）にその年の説法師が任命され、説法師は約２ヶ月かけて準備をし、８月、＜自らが伝教大師になり代わって＞この東南寺でお説法をするのです。全部で２８のシーンからなる『法華経』を、５日間かけて丁寧に解説をしていきます。僕は未だこの場に立ち会えたことはないのですが、うだるような暑さの中、熱心なご信者が大勢集まり、それはそれは古式ゆかしい夏の風物詩になっているとか。（一度参加してみたいものです）

つまり説法師は毎年代わるわけですが、今年この戸津説法の重要な関係者が、比叡山高校の職員だったのです。甲子園をとるか？戸津説法をとるか？

…不幸中の幸いというか、叡高は１回戦で敗退となったので心配は杞憂に終わりましたが、それでもそれ程までに、「叡高が準決勝、決勝と進んだらどうしよう！」とソワソワワクワク、皆が胸を躍らせていたのでした。

坐禅をしてから決勝戦に臨みたい

比叡山高校の試合がこの夏の高校野球のハイライトではあったのですが、大会も終盤に差し掛かった頃、準々決勝まで勝ち上がった東海大相模（神奈川）から、比叡山に連絡が入ったそうです。聞いた話ですが、「明日は甲子園の準決勝。勝てたら、比叡山で坐禅をさせて頂けないか。坐禅をしてから決勝戦に臨みたい。」という旨。

東海大相模は準決勝を勝ち抜き、試合後、選手や関係者120～130名ほどで比叡山を訪れたようです。延暦寺会館で坐禅を組み、そして翌日、見事仙台育英に競り勝ち、優勝を果たしたのでした。