「日本人、おまえ白い象を見た事はあるか?」
ヤンゴンの空港から市街地へ向かうタクシーの中である。
9月末とはいえ正午を過ぎて外気はジリジリと暑く、車内はむっとする熱気に淀んでいる。インドと違って執拗な勧誘はないからラクだ。国際空港のタクシーカウンターで行き先を告げると、市の中心部まで8000チャット(約800円)。日本の初乗りと少しと思うと安い。
「白い象だよ、白い象。普通の象の何倍もデカいやつだ。隣国のタイにはいない。ここミャンマーにいるんだ。」
陽気だが少し声のかすれたこのドライバーは、まるでわが事を自慢するかの様にまくしたてた。
動物園にいるの?と僕。
「違う違う。動物園にいるのはアンタも知ってるグレーのやつだろ。そんなもんじゃない。特別な場所にいるのさ。ジャングルの中だ。2頭の母子よ。」
ミャンマーを訪れた当初の目的は、国内最大の寺院、黄金でできたシュエダゴン・パヤーへの参拝だった。それが、白い象だって?このタクシーに偶然乗らなければ知りもしなかった、完全にノーマークだった白象が、にわかに存在感を放ちはじめた。
白い象といえば、仏教でも重要なモチーフである。
ブッダは前世に白象であった。はるか遠くまで届く声を上げながら、黄金の邸宅に入った。それから、未来に母となる女性・マヤの寝台に向かって三度敬礼して、彼女の右腹をやさしく打ち、それから彼女の腹中に入っていった。
とか、
子宝に恵まれなかったマヤは、ある晩、天から6本の牙を持つ白い象が胎内に入る夢を見、ブッダを懐妊した。
とか、その誕生にまつわるエピソードには頻繁に登場する。ヒンドゥー教の神ガネーシャは白象の頭を持つし、日本でも信仰を集める普賢菩薩(ふげんぼさつ)は白象に乗る。この日、町の中央にあるスーレー・パヤーそしてシュエダゴン・パヤーを参拝しながら、明日はその白象とやらに会いに行ってやろうじゃないか。と心に決めたのだった。
翌朝。前々日にタイのチェンマイで何の気なしに買った象のTシャツに着替えた僕は、1台のタクシーを止めた。
「白い象を見に行きたいんだけど。どこにいるか判る?」
「あぁ…判るけど…お前さん象使いにでもなりたいのか?」
そりゃあ象のTシャツを着て象を見に行きたいだなんて、よっぽどのスキモノに見えただろう。可笑しくなりながら、
「いや、違うんだけど。興味があって。」
「乗りなよ。案内してやろう。」
この運転手とはいろいろ話した。第二次大戦の事、アウンサン将軍の事、シンゾーアベの事。2007年の反政府デモで亡くなられた長井健司さんの事。世界から日本がどのように見られているのかを実感する。
「ところでお前さんが見たい象ってのはな、えらく凶暴なんだ。こないだなんか飼い主の頭を踏み潰しちまった。3頭いる中でも一番でかいやつが乱暴だよ。」
ん?2頭じゃあないのか?しかし申し訳ないがいやが上にも期待が高まる。昔の戦記モノなんかでは王が象に乗って進軍し、恐れおののいた敵軍を蹴散らしていく、なんて光景はよくあるじゃないか。いったいどれほど大きいというのだ?
「あとな、白い象というが、ほら、この前に停まっている車の色のような・真っ白じゃないぞ。すこしピンクがかっているんだ。」
ピンクの象だって?ますます狂気じみていて凄いじゃないか。どれだけ期待値を上げれば気が済むのだ。イカンだんだんとにまにましてきた。
市街地から40分ほど走ったろうか、バイパスの左右がうっそうとし出した頃、彼はおもむろに車を停めた。
「着いたよ。」
えっ?ここ?たしかに観光バスが停まってはいるが…あまりにもあっさりとした印象。
ゲートに人はいないようだ。無料ってことか。奥へ道が延びている。
尼僧さんとぞうさんを見に来た女の子。歩くたびに靴からピューピュー音がしてかわいい。日本と同じだな。
いよいよ建屋が見えてきた。ついにご対面だ。
対面!!!
って、、、、え?????
白、、、白くないじゃん!!!!!!!
言うほど、、、デカくもないじゃん!!!!!!!
ぱおーーん。
…そりゃあたしかにアルビノのような真っ白を期待していたのが悪かったのかもしれないけれど、、なんかもっとこう、、おおっ!ていう感じとか。。。なんだか鼻だけ伸びちゃった巨大なブタさまという感じでもあり、、まじまじと見ると象って不思議な造形しているよなぁ。。
尼僧さんと女の子もこんな表情。
白くないわね。。。
遠足で子供たちを連れてきた人たちも
白くないじゃん。。。
でも、こいつは迫力がありました。飼い主の頭を踏み潰したという、一番凶暴なやつ。こいつだけは目つきもヤバいし、危険につき牙の先端を折られていた。こんなのにジャングルの中で出くわしたら、死を覚悟するでしょう。
せっかくなので、タクシーの運ちゃんと記念にパシャリ。
百聞は一見にしかず。やはり実物を目にするというのは大切です。純白の象、というのはだいぶ理想補正されているのだな。何気なく経典や仏教絵画などで目にしてきた白い象、というのは、憧れが投影されているのだ。少し考えれば思い至ったのかもしれないが、今の今まで、白象に注目したことすらなかった。そういうものだと思い込んでいたのだ。あらためて普段、いかにものごとを見ているようで見ていないかが解った、という意味では、有意義な見聞だったと言えるんじゃあないだろうか。
後日談。
帰国していろいろとネットで調べてみたところ、隣国タイにも白象はいるらしい。しかしロイヤル・エレファントと呼ばれて国王の保護下にあって、めったに一般公開されないのだとか。また「白」の定義として、体表に色の薄い箇所が複数あり、定められた判定基準を満たしていれば白象認定されるらしい。ヤンゴンで見てきた3頭は、少なくとも爪や目は、確かに白かった
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