ミツばあちゃんが５歩あるくと、その猫も５歩あるいた。歩みを止めてヨッコラショと腰を伸ばす時、この猫も止まった。こうしてミツばあちゃんにぴったりと寄り添ううち、ベンガルはお寺に通うことを覚えた。

「可愛い子猫を拾ったんですよ。」

生前、ミツばあちゃんがそう言っていたかは定かではない。ただ飼い主が亡くなっても、ベンガルはお寺へのお参りを忘れることは無かった。
ゆっくりと山門をくぐり、てくてく参道の階段を登り、本堂の前にちょこんと座って、しばらくの時間を過ごす。そうこうしているうち、次第にこの三毛猫は境内に居付くようになった。

晴れた日は日がな一日ベンチでひなたぼっこをして、たまに大あくびをする。雨の日は本堂の軒下に退避して、何やら遠くを見ている。ときたま藪に潜んで、獲物を狙っている時があった。そのうしろ姿はあたかもトラのようで、ベンガルと呼ばれた。が、ある人はこの猫をミーちゃんと呼び、飼われている家ではゴンと呼ばれた。通り名がいくつもあるのだった。

「通りでバッタリ猫ちゃんにあってね。あんまり人懐っこいんでついて来たら、ここのお寺さんに着いたんですよ。」
「お寺さんにお参りに来ると、どこからかこの猫ちゃんが出てきてくれるの。まぁ迎えに来てくれたの？って、うれしくて。」

そんなエピソードも続々報告された。猫好きの人にはしっぽを振って駆け寄っていって、ミャアミャア甘える。逆に猫嫌いな人の前には、一切姿を見せない。こんな具合だからいつしかこのお寺には猫に会いに来る人が増えていった。

「あいつは自分のことを猫だと認識していないんじゃないか。」

寺の住職がそう唸ったのは、１０年ほど前の大晦日の出来事。
毎朝６時のおつとめには、近隣の人たちが本堂に上がって、一緒にお経をあげる。この日はその列の中に、ベンガルが座っていたのだった。読経の間約３０分、お行儀よくしていて、終わって参拝者が退堂していくと、この猫もそれに倣った。
そして深夜０時。年が明けて最初のお参りは誰かしらんと表をうかがっていると、暗闇から現れたのはなんとベンガルだった。

「すごい猫だな。」と住職。

それからも毎日毎日境内ではこの猫を見たが、昨年の夏、忽然と姿を消した。
きっと夏の暑さが堪えたのだ。毛の艶も無くなり、痩せ細っていた。そしてちょうどその頃、境内では新しく黒猫の姿を見かけるようになっていた。こちらは警戒心の強い、通称ブラックワン。
ベンガルはこのブラックワンと並んで寝そべり、いろいろと此処での作法を伝えているようだった。それは誰から見ても引き継ぎをしている姿だったし、現にブラックワンは徐々に警戒心を解いていった。秋から寺の境内に居座るようになったのはこの黒猫で、完全に世代交代が行われたのだ。

そうして迎えたこの年末年始。
大晦日の日、庭を掃いているとなんとそこには、ベンガルの姿があった。半年もの間一切行方をくらましていたのに、この１年の最後の日に、どこからともなく納めのお参りに来たのだ。毛並みはフカフカしていて、撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロ鳴いた。手のひらに伝わってくる鼓動は儚くも強いいのちの証しで、体温とはこんなにも温かい。
そして新年、元日。ベンガルはこの日、寺の玄関の前に座って、参拝客をお出迎えした。馴染みの人々は半年ぶり久々の対面にみな大喜びをした。そして法要後には、もうその姿はなかった。
以来、この猫の姿を見かけてはいない。

ベンガルという、類いまれな信仰心をもった長寿猫の、嘘のような話。