【インタビュー|探検家・医師 関野吉晴】カレーライスの調理時間は9ヶ月!? 関野さんの途方もない課外ゼミ

はるか昔、アフリカで誕生したヒトが南米へと拡散していった人類の旅路があります。「グレートジャーニー」と呼ばれるその旅路を、現代の動力を使わずに辿る遡るという途方もない旅を成し遂げた関野吉晴さん。

この壮大な旅を通じて多くの「気づき」を得た関野さんはいま、教鞭を執る武蔵野美術大学の課外ゼミで、学生と一緒に「一からカレーライスを一から作る」というプロジェクトをおこなっています。探検家の関野さんが作るカレーとはどんなものなのか。プロジェクトを追った映画監督の前田亜紀さんにも同席していただき、お話を伺いしました。

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—今回のカレー作りでは、米や野菜はもちろんお肉やお皿まで、まさに「一から」自分たちで作ったそうですね。なぜこのようなカレー作りをやろうと思ったのですか。

気づいたのは「日本への無知」

関野:私は長年、人類の足跡を辿る旅をしてきました。その旅のなかで「自分は日本についてちゃんと知らない」ということを実感していったんですね。

それで私は次に、日本人のルーツを辿る「新グレートジャーニー」を始めました。北方ルート、朝鮮半島ルートは最後にシーカヤックを漕いで、それぞれ稚内、対馬に着きました。東南アジアからの海上ルートは現代的なカヤックでは面白くない。それならば、自分たちでカヌーを作ってインドネシアから日本まで航海したら面白いんじゃないかと考えたんです。

カヌーを作るには木が必要で、木を切るには斧が必要、斧を作るには鉄が必要、ということで砂鉄集めからやりました。おかげで旅に出るまでに1年かかっちゃいましたけどね(笑)。

暮らしの中に、素材が分かるものがどれだけあるか

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—途方もない計画ですね(笑)。なぜ一から作ることにこだわったのですか。

関野:「グレートジャーニー」の旅で、多くの先住民族たちと出会いました。なかでも私が一番長く付き合っているのが、アマゾンの人たちです。

彼らの暮らしのなかで、素材が分からないものってないんです。自然から取ってきた素材を自分の手で加工して衣食住のすべてを作っている。一方、私たちの暮らしは素材が分からないものだらけですよね。もの作りを志す美大生も、買ってきた材料で作品作りをしている。

自然から素材を取ってきて物を作るということが、完全に暮らしから切り離されているわけです。じゃあそれをやってみようと。

これは命の授業ではない。一から作ることに意味がある

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関野:砂鉄から鉄が作れるということは、きっと誰でも知っていますよね。でも実際にやった人はあまりない。じつは私も経験ありませんでした。だからこそ、カヌーを一から作れば、私自身にも多くの「気づき」があるんじゃないかと思ったんです。なぜ新しいことはワクワクするかというと、そこにいろんな気づきがあるからなんですよね。

—そして今回はカレーライスを一から作ってみようと。なぜカレーだったのですか?

関野:ラーメンでも何でもよかったんですが、カレーはいろんな食材が必要だから面白いだろうと思ったんです。作るものが「カヌー」から「カレー」に変わっただけで、コンセプトは変わりません。

だからこれは単なる「命の授業」ではないんです。動物を殺して食べるということを経験するのも大事なことだけど、それは全体の一部でしかない。一からすべて自分たちで作るということに一番の意味があるんです。

前田監督:すべての食材はひとつひとつ平等だし、育てるなかでの大変さや気づきもそれぞれ違うと思います。今回作った映画もテーマが明確にあるわけではないので、幅の広い受け取り方ができると思います。プロジェクトを記録する立場の私も、食べることや生きることに対する考え方を揺さぶられました。

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—学生たちの反応はどうでしたか。

前田監督:これは単なる命の授業ではないと私も思います。でも、やはり自分たちで育てた動物を絞めることに対する反応は大きかったですね。数時間前まで生きていた動物を食べるわけですから、それぞれに感じたことがあったようです。関野さんは10年近く大学で学生と関わっていますが、最近の学生の特徴ってありますか。

学生たちの反応は変わってきましたね。以前は屠殺を見せても「残酷!」なんて言う生徒はほとんどいなかった。けど最近は「私は殺せません」っていう生徒が増えてきました。

自然がなければ、私たちは生きていけない

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—それは、どうしてでしょうか。

関野:そうですね……。アラスカに、半径200km内に誰もいない大自然に4人家族だけで暮らす男がいます。彼は「一番大切なのは、自分たちは何を食べて生きているのかを知ることだ」と言うんですね。「私たちは自然に生かされているのだから」と。なんてキザなことを言う奴だと思いましたが、よく考えるとその通りなんですよね。

たとえば、街から人工物をすべて取っ払ったらヒトは生きていけるか。たぶんヒトは地面を耕してなんとかして生き延びるでしょう。でも反対に自然を全部取っ払ったら1週間でお手上げです。自然がなければヒトは生きていけません。土、風、水、太陽、植物。それらは当たり前にあるものなので大切さを意識できなくなっていますが、一つでもなくなれば生きていけないんです。

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私たちは、そのことを意識しないでも生きられる社会を作ってしまった。だから動物も殺せなくなってしまったのでしょう。「食べる」という目的があるのにです。食べるために殺すというのは当たり前のことです。私たちはこの当たり前の大切さを意識して、それを自分たちで守らないといけないんです。カレー作りを通して、そんなことに気づいてもらえればと思います

インターネットで検索をすれば、知識を増やすことはできます。しかし、鳥を絞める感触や、畑の土が爪の中に入る感触はネットでは教えてくれません。「食べる」というのは、決して心地良くはないそういった感触をひとつひとつ引き受けていくことなのかもしれません。そのことを、関野さんの課外ゼミ、そしてゼミを追った映画は教えてくれます。

文:加茂光

映画『カレーライスを一から作る』
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https://motion-gallery.net/projects/ichikara_curry

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