【Column】ジェフ・ミルズがもたらした、「4分33秒」という禅

ジェフ・ミルズのパフォーマンスはいつだってコンセプチュアルだ。いや正確には天啓のようなコンセプトが先にあって、彼はそれに仕えているのかもしれない。芸術のために滅私でのぞむ彼の姿はまるで道を行く求道者のそれであり、ゆえに孤高で、ゆえに見るものを惹きつけてやまない。

3月21日、東京渋谷のBunkamuraオーチャードホールで、『爆クラ!presentsジェフ・ミルズ×東京フィルハーモニー交響楽団「クラシック体感系〜時間、音響、そして、宇宙を踊れ!」』を観た。

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ジェフ・ミルズを観たのは昨年9月天王洲アイル寺田倉庫でのEXHIBITIONIST 2リリースパーティー以来だから、半年振りになる。近年は来日の度に遊びに行っていたし、なにしろオーケストラとの共演は日本公演を心待ちにしていたプログラムだ。
彼は近年、フランス、ドイツ、オランダ、そしてイギリス等各地の交響楽団と公演を行っていて、筆者はこの公演の為にロンドンまで行こうかと考えたほど。だから日本公演が決まったときには雄叫びを上げて喜んだし、会場のロケーションが渋谷の屋内というのは不満があったものの(野外の雄大なコントラストのもとで聴きたかった)、東京フィルハーモニー交響楽団とのコラボとあれば間違いない。コンサートはソールドアウトし、クラシックの殿堂はこの日、カジュアルなテクノリスナーで溢れた。

プログラムは前半がクラシックの有名曲などをさわり、後半に共演という2部構成がとられた。もちろん、ジェフ・ミルズと東フィルの共演は素晴らしかった。クラシック音楽とDJ/クラブミュージックの融合はマエストロ達にかかれば芸術として昇華された。

だが実は、今回なによりのセレンディピティとして貴重な体験だったのは、プログラム前半にかの「4分33秒」を体験できた事にあった。

「4分33秒」をご存知だろうか。1952年に米国の作曲家のジョン・ケージが発表し、音楽にパラダイム・シフトをもたらした作品である。

3楽章から成る「4分33秒」の全楽章は全て“休み”。楽譜には「第1楽章:休み、第2楽章:休み、第3楽章:休み」とある。まず指揮者は聴衆を前にして指揮台へと登り、演奏者はステージ上で演奏姿勢をとる。指揮者はタクトを振って第1楽章がはじまるものの、楽譜に書かれているのは“休み”なので、「4分33秒」の間、無音で終了する。指揮者と演奏者は聴衆に対して一礼し、聴衆は「4分33秒」の無音の音楽に対して拍手を送るのだ。

はじめて実際に体験をしてみたところで、2つ、記しておきたい。

1つは、われわれは普段いかに「聞けていない」のかということだ。

演奏が止んではじめて、ホールの空調の音が耳につく。聴衆の咳払いや、鼻をすする音が飛び込んでくる。照明の微妙な変化が判る。無音であることで、より一層あたりの輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。音楽を聴きに行っているつもりになって、音全体は聞いていないのだ。ならば音楽とするものは、なんて家庭菜園的なんだろうか。聞こうという自我が邪魔をして聞こえていない音がこれほどまでに在る。気づけば天衣無縫の音が広がっているというのに。

そしてもう1つは、ステージが観客の期待に応えない=何も起こらないので、ひるがえって観客は自分に何が起こっているのかを見ることになる。

力点が外側から内側に移行する。どうこの場に身をおくべきなのか、不安のまま、この区切られた「4分33秒」の間は自己の不確実性に耐えねばならない。これまでは音楽の力を借りて、想像の翼を広げたり思念を転がして遊んでいたのに、ハシゴは突如として外され、頼れるのはよるべない自分だけになるのだから。これはあたかも瞑想のようで、禅のようだとも言える。

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この曲の誕生にはこんな逸話がある。

ジョン・ケージは「無音」を聴こうとして無響室に入ったが、2つの音を聴いた。1つは高く、1つは低かった。それを話すとエンジニアは、「高いほうは神経系が働いている音で、低いほうは血液が流れている音だ」と語った。ケージは無音を体験しようとして入った場所で、なお音を聴いたことに強い印象を受け、無音の不可能性をみた。『私が死ぬまで音があるだろう。それらの音は私の死後も続くだろう。だから音楽の将来を恐れる必要はない。』

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今回、曲の合間ごとに司会者が出てきて解説を加えていたのは余計にも思えたが、イベントの枠組みとしてかなり制約もあったのではないか。もっと存分にこの競演を楽しみたかった無念もないではないが、それでもこの体験に居合わせられた勝縁には感謝をしたい。こういった機会をくれるから、やはりジェフ・ミルズの存在というのは大きいのだ。

当日のコンサートの特設サイトはこちら 
http://www.promax.co.jp/bakucla/

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