埼玉県飯能市に、ちょっとユニークな学校があるのをご存知ですか。テストの点数によって生徒を序列することを廃し、一人ひとりの『個』を尊重する学びを教育理念に掲げた『自由の森学園』という学校です。卒業生には、歌手の永積崇さん(ハナレグミ)や、歌手で俳優の星野源さんや浜野謙太さんなどがいます。今回、自由の森の教育について、同校卒業生のライター加茂光が中学校長の中野裕さんに話を伺ってきました。
誰かに測られるのではなく、自分で自分を見つめる
自由の森学園では、中学も高校もいわゆるテストがありません。その理由を教えてください。
自由の森学園は、テストによる競争原理を使って学ぶ動機をつくるっていうことをそもそもやめた学校なんだよね。そういうものに頼らないで授業を成立させたいというのがこの学校のルーツ。生徒を点数で評価するのではなくて、たっぷりと時間をかけて書く自己評価表※1で自分と向き合うことを大切にしようっていうスタイルを取っている。光は卒業生だけど、自由の森学園での日々はどうだった?
※1自由の森学園では半年に一度、各教科の授業を振り返り文章でまとめる自己評価表で自分を評価する。
私は数学とか英語はあんまり得意なタイプじゃなくて(笑)、体育祭、学園祭、音楽祭と、とにかくお祭り行事に明け暮れる生徒でした。とくに力を入れて取り組んだのが、学園祭の後夜祭のハイライトとなるねぶた作り。大人数で作るので、どうしたら全員が楽しく作業できるかをいつもみんなで考えました。そして『本番までに絶対に間に合わない』という状況を何度も乗り越えた経験は、大きな自信になっていると思います。
行事で生徒の顔が驚くほど変わることはよくあるね。とくに入学式、卒業式は2年生が、つまり新3年生がはじめて先輩を頼らないでつくる行事で、急に大人の顔になっていく。
経験が自己を肯定する力を育む
生徒の変化ということで言うと、授業のなかで変わっていく子も多い。ずーっとやる気のなかった子が、あるとき急に興味のスイッチが入る瞬間があるんだよね。私は今でも数学の授業を持っているんだけど、年に一度の学習発表会は、自分が担当している授業以外で生徒たちがなにを得たのかがダイレクトに伝わってくるから面白い。『え!あの子がこんな絵を描くんだ!』とか『あの子はステージではあんな顔するんだ』とかね。
私も日本語の発表を通して、『文章を書く』ということにはじめて興味を持ちました。それは自分の好きな詩を朗読するという課題だったんですが、当時私は本を読まない子供で、詩をまったく知らなくて、担当の教師に『好きな詩がないから自分で書いた文章を朗読していい?』って相談したんです。そしたら「いいよ」って言ってくれて、しかも自分が書いたその文章を褒めてくれた。いま読み直すとそれは小学生が書いたような拙い文章なんだけど、自分のなかになにかが芽生えた出来事でした。
それは誰かに与えられたものではなくて、自分で経験して獲得した自信だよね。この学校にはそういう自信を得るための材料がゴロゴロしているんだと思う。文章を書くとか、絵を描くとか、歌を歌うとか、自分を表現することは楽しいことだし、自由の森にはそれを『いいじゃん!』って言ってくれる教師がいる。そうするとどんどん表現することが楽しくなってくる。そしてそれは、自分を好きになること、ひいては自分の生き方を持つということに繋がるんだと思う。卒業生にアーティストや作家が多いのは、そういう体験をこの場でたくさん得たからなんだろうね。もちろんそれは表現を通してだけじゃなくて、学問でもスポーツでも、遊びを通してでも得られることだと思うけれど。
子供が育つのを「待つ」
小・中学生の子供を持つ親に向けて伝えたいことはありますか。
『人が育つのには時間がかかる』ということだね。子供は放っておいても成長するから、『待つ』という覚悟を持つこと。大人は子供がうまく育つ方法を探して与えるけど、その子のなかでなにかが起きないと意味がない。普通の学校ではあらかじめゴールが決められて、入学と同時によーいドン!で全員がそこに向かって走っていく。競争だから勝ち負けが生まれるし、競争をやめちゃう子も出てくる。自由の森学園はゴールなんてどこにあるか分からない。自分で学び、経験していくなかであるとき自分の目の前にゴールがいきなり現れるわけ。どんな生徒も卒業する頃には自分のゴールをちゃんと見つけている。それが大学にあるなら進学すればいいし、違う場所にあるなら別の道に進んでもいい。もしすぐに見つからないならゆっくり探してもいい。とにかく『待つ』ということかな。
中野校長に話を聞くなかで、自由の森では、『進路指導』というものを一度も受けたことがないことを思い出しました。ゴールが見えないことに悩んだこともありましたが、私もある時、ふと、自分の進むべき方向が見えてきました。自由の森には授業や行事のほか、有志によるLIVEや演劇、ユニークな部活動などさまざまな学びの機会があります。興味のある方はぜひ、行事や学校説明会を訪れてみてください。
http://www.jiyunomori.ac.jp