アースガーデンの仕事は、ちょっと不思議だ。「オーガニック&エコロジー」というテーマを掲げているのに、やっているのはイベント制作。
野外フェスというのは、エンタメを利用して、自然の中に人を放り込むもの。地球環境は、必ずしも人間にとって居心地のいいものばかりではない。自然は美しいけど厳しい。「人間にはコントロールできない “自然の中” に私たちが生きていること」を実感できる。
環境問題を伝えるには、ちょっと遠回り。でも意味があるんだと自分の感覚を信じることができたのは、大学時代の天野尚さんとの出会いと、<ネイチャーアクアリウム>を知ったからだと思っている。
「Story about Water」
アースガーデンフリーペーパー vol.39http://www.earth-garden.jp/feature/fp39
自然から学び、自然を創る
ネイチャーアクアリウムとは、水草レイアウトスタイルのひとつ。
一般的な水槽といえば魚を飼育することを目的とするが、ネイチャーアクアリウムでは、水槽の中に生態系を再現し、自然に近い環境で魚を健康に育てる。
魚が糞をして、水中のバクテリアが分解し、その栄養で水草が育ち光合成をして、酸素が水中に溶け、魚が呼吸をする。光をたくさん必要とする陽生植物や日陰で自生する陰生植物といったそれぞれの水草の特性を理解し、自然の法則に従い植栽する。
水槽の中に、命が生きていく「循環」がある。
写真を見れば、みなさんが想像する水槽とは全く違うことが分かると思う。圧倒的に美しい。なぜなら、植物の特性や自然のバランスだけでなく、空間デザインとしての美しさも追求するから。世界中に愛好者がおり、年に一度開催される世界水草レイアウトコンテストには、70近い国から応募があるそうだ。
自然から学び、自然を創る。
これがネイチャーアクアリウムだ。
ネイチャーアクアリウムに、僕は浅からぬ縁がある。その生みの親である天野尚さんは、大学時代の友人のお父さんなのだ。
天野さんが設立した<アクアデザインアマノ(ADA)>の新潟本社オフィスやショールームにお邪魔したし、ご自宅にある幅4mの巨大ネイチャーアクアリウムも見せてもらった。恐れ多くもその前に布団を敷いて寝た(笑)。ごはんを食べながら、お酒を飲みながら、いろいろ話もさせていただいた。
おそらく熱心なファンなら卒倒するだろうし、嫉妬でぶん殴られるかもしれないが(笑)、もともとネイチャーアクアリウムを知っていたわけではなく、当時は、楽しいなぁ、きれいだなぁというところで止まっていた。
でも、アースガーデンで仕事をするようになり、美しさで魅了しながら自然の大切さを伝える天野さんの表現は、野外フェスに取り組むアースガーデンにも似ているところがあるのではと思い、いつか取材させてもらおうと思っていた。
だが、2015年の夏、天野さんは亡くなってしまった。まさか、という思いが前に出て、うまく言葉が出てこなかったが、悲しみとともに、一気に後悔が押し寄せた。明日やろうは馬鹿野郎。天野さんにインタビューできなかったことは、僕の編集者人生の中で一番、なによりも一番、悔やんでいることだった。
リスボンにある世界最大のネイチャーアクアリウム
そんな思いを抱えていたからこそ、絶対にリスボンに行きたかった。
天野さんの遺作である全長40mの世界最大のネイチャーアクアリウムが、リスボン海洋水族館にあるからだ。企画展示として制作されたこの作品は、予定では2018年の夏までは展示しているが、その後はまだ分からないということだった。今、行くしかない。大学の友人10人ほどで予定を合わせ、秋にリスボンを訪れた。
この水槽の企画を水族館から依頼されたとき、すでに重い病を患っていた天野さんは中途半端なことはできないと、一度断ったそうだ。しかし、自然環境の保全や啓蒙に非常に熱心な水族館に情熱を感じ、また館長さんの説得もあって実行を決意。
これまで前例のない規模のプロジェクトであり、様々な障害が発生したが、リスボンと新潟で丹念にコミュニケーションを取り、それぞれが熟考を重ねて準備をした。実際に現地でレイアウト制作をする際には、天野さんとともに十数名のADAスタッフがリスボンに向かい、現地のスタッフと作業。限られた制作日数の中で、前人未到のプロジェクトを成し遂げた。
語らずして、自然の大切さを伝える
水族館では、1時間ほど水槽の前で過ごした。全く飽きなかったし、むしろ足らないぐらいだった。展示には、平日にも関わらず、たくさんの人。大人も子どもも、熱心に見入っている。こんなとき、言葉は陳腐だなと感じる。この記事は日本語が分かる人にしか読めない。でも、この水槽は、国も言葉も人種も超えて、人々を夢中にさせる。野外フェスも一緒。目の前の景色を見れば伝わる。
天野さんはこんな言葉を残している。
「小さな生命を愛せずして、大自然を語ることはできない。」
幼少の頃から自然の中で育ってきた天野さんは、自然が破壊されていく世の中の流れに黙っていることはできなかった。水槽という限られた空間の中で、自然を再現し、自然のサイクルを学び、自然を守る心を育てる。天野さんは人と自然の接点をつくった。それは野外フェスと同じように、ちょっと遠回りではあるけど、実感を伴う分、人の心に深く刻まれる。
変化にあわせて、現状をすり合わせる
リスボン海洋水族館の企画展示40mネイチャーアクアリウムは、オープンして2年が経つ。生きている水草は日々生長し変化するので、メンテナンスの技術でそれを健康な状態で長期維持し、美観を保っていかなければならない。そのため、ADAスタッフがリスボンに赴任して、閉園後にメンテナンスをしている。深夜の潜水作業をしているとのことで、大変な労力だ。
時の流れは変化を生む。
物理的に存在するものは消滅に向かうし、命は生と死を繰り返す。年月が経てば人の心も変わる。変わっていくことを前提に、ぼくたちは常にすり合わせをしなくてはいけない。変化のスピードに追いついているか、変な方向に進んでないか。ぼくたちは、地球とちゃんとすり合わせていけるだろうか。
リスボンに、一人でも多くの人が見に行ってくれるといいなと思いつつ、さすがに行けないという人には、東京ドームシティへ行ってみてほしい。東京ドームシティ内のギャラリースペースで<天野尚 NATURE AQUARIUM展>が、2018年1月21日まで開催中だ。亡き天野さんの魂は、スタッフ一人ひとりに宿っている。天野さんがいなくても、たくさんの人を魅了する展示がつくれている。実際、好評につき展示会の日程が延びた。
どうしても天野さんをインタビューしたかった。それは自分の価値観をつくってくれた天野さんに御礼が言いたかったのかもしれない。後悔は消えないが、この記事を書けたことで少し気持ちが収まった。
世界は目まぐるしく変わる。ぼくもあなたも、きっと変わっていくだろう。でも、根っこの部分は変わらない。ぼくたちは自然の一部なのに、とりまく環境はどんどん変わっていく。変化に合わせて、地球に、そして未来の世代にどんな態度を取るか。僕たちは問われている。
最後にもう一度、天野さんの言葉を。
「小さな生命を愛せずして、大自然を語ることはできない。」
http://www.adana.co.jp/
https://www.tokyo-dome.co.jp/aamo/exhibition/amanotakashi/
「Story about Water」
アースガーデンフリーペーパー vol.39http://www.earth-garden.jp/feature/fp39