原発から12キロの町に生まれた桃源郷!?ダチョウ、牛、猫、犬、イノブタ、ポニー、そして男がひとり。緑は生い茂り、いきものたちがのびのびと暮らしている。ここは福島第一原発から12キロにある福島県富岡町。原発事故による全町避難で無人地帯になった。高度経済成長の裏側で、カネに翻弄される人生を送ってきた松村直登・55才は、目に見えない放射能のリスクの中、町に残されたいきものたちとようやく自分の居場所を見つけた。季節はめぐり、いのちが生まれ、また消えて行く。地図から消されようとしている町に続くいのちを一年近く見つめ続けたドキュメンタリー。公開中ですので、ぜひ。
ひとりぼっちのナオト、いきものたちの中に居場所を見つけた男
思えば原発に翻弄された人生だった。ナオトは、高校卒業後建設業について、福島第一・第二原発の建設にも関わった。その後、東京近郊で出稼ぎとして働いたが、バブル崩壊後は仕事が減って、福島県富岡町の実家に帰ってきた。原発があることで地元は潤っていて仕事も増えたが、妻と子供は家を出て行った。
年老いた両親と暮らす日々。そこに起こった原発事故。日常は一変。人の人生をカネで解決しようとする不条理に納得できないナオトの唯一の抵抗、それは「ひとりここに残ること」だった。
電気もない、水道もない、無人の町で生きるナオトの圧倒的な孤独を救ってくれたのは、同じく町に置き去りにされた動物たち。ナオトは畜産家でも、動物愛護家でもなかった。しかしナオトにとって動物たちは「町の仲間たち」だった。犬や猫、ダチョウ……経験もないのについには牛の世話まで始めた。子猫が生まれる一方で、命を全うしていく老牛もいる。生きること、生かし続けること。その日々の闘いが
ナオトの新たに生きる道となる。
監督は、「ハリヨの夏」(06)、「孤独なツバメたち〜デカセギの子どもに生まれて」(12)など、運命に翻弄されながらも、自分の居場所を探し続ける人々を描いてきた中村真夕。
放射能汚染された町の中で、穢れなきいのちを見つめ、本当の幸せとは何かを問う。
ナオトと仲間たち
松村直登(ナオト)(サル目ヒト科)
1959年、福島県双葉郡富岡町に生まれる。高校卒業以後建築業に従事。震災と原発事故で親戚の家に両親と避難しようとしたが受け入れてもらえず、避難所もいっぱいだったので自宅に戻ってくる。数日後、兄弟が両親を避難させに来たが、一人とどまることを選択。
以降、同じく取り残された動物たちと富岡町で暮らす。
モモとサクラ (ダチョウ目ダチョウ科)
福島第一原発がある大熊町のダチョウ園で飼われていた。「少しのエサで大きく育つダチョウのように、小さなウランで大きな電力が得られる原発」を謳い文句に、以前は第一原発でも飼われていた。震災後、ダチョウ園で飼われていた30匹が取り残され、うち10匹が脱走。住宅街でさまよう二匹を見つけて、ナオトが家に連れ帰る。
牛たち (偶蹄目ウシ科)
原発事故後、牛舎につながれたままだった牛たちは餓死し、飼い主によって解き放たれた。2011年夏まで富岡町に残っていた半谷夫妻から、ナオトは牛26頭とポニー1頭を預かる。2012年春には家畜の殺処分命令が政府から下されるが、ナオトはそれを拒否し、牛たちの世話をし続けることを決意する。
ヤマ (ウマ目ウマ科ウマ属)
半谷さんの牛たちと飼われていたポニー。牛たちを統率するリーダーでもあり、よき友。長いたてがみが目印で、人に噛みつくクセがあり、ちょっとヤンキーな性格。寂しがり屋で、震災後一時、牛たちと離されて生活していた時、牛たちを探しに行ったという。
シロとサビ (ネコ目ネコ科)
原発事故後、町に置き去りにされた母猫から生まれる。保健所に引き取られる寸前に、ナオトに保護される。二匹とも人懐っこい性格で、ナオトの後をついて散歩に行くのが大好き。2014年春に二匹とも妊娠し、合わせて10匹の子猫を産む。
イシ (ネコ目イヌ科)
震災後、孤独なナオトの唯一の親友であった犬・アキの子ども。ガッツ石松にちなんで「石松」と名付けられる。人懐っこいが、ちょっと気弱な犬。イノブタに対して吠えられず、苦手。
イノブタ (ウシ目イノシシ科イノシシ属)
震災後、家畜だったブタと野生や家畜だったイノシシが交配して生まれたイノブタが急増。
旺盛な食欲と、人を恐れない傍若無人な性格、そして強い繁殖力で縄張りを広げ続けている。無人となった家々を荒し、原発20キロ圏内はイノブタ帝国になりつつある。
富岡町って、どんな町‥?
福島第一原発から12キロのところにある富岡町は近隣の双葉郡の町と同じく、40年以上前は、貧しい農村だった。農閑期には関東に出稼ぎに行かなければ生活ができない町だった。それが60年代末から始まった福島第一、第二原発の建設で町は潤い、人々は出稼ぎに行かず、地元で稼ぎ、豊かな生活ができるようになった。しかし2011年3月、原発事故により町は警戒区域となり、町民全員が家を追われ、家畜は全て殺処分が命じられた。2014年3月、政府は警戒区域の見直しを行い、ナオトの自宅とその近くにある牧場は「避難解除指示準備区域」となり、午前9時から午後3時まで出入りが自由になったが、現在も居住はできない。空間線量は毎時2−3マイクロシーベルトと以前高く、2年ほど前から電気は復旧したが、未だに上下水道はない。また町の大部分は「帰還困難区域」にあり、通行証がなければ出入りができない。「帰還困難区域」にあるナオトのもう一つの牧場の空間線量は毎時5マイクロシーベルトあり、そこにナオトは朝晩通い、牛たちの世話をしている。
震災から4年近くが経ち、原発事故の収束が見えない中、政府は隣町の大熊と双葉に「中間貯蔵施設」の建設を押し進める一方、形ばかりの除染を富岡町でも始めた。県外や県内に散らばり避難生活を強いられている町の人たちの多くは町への帰還を諦め、避難先に新たな家を建てるか、災害公営住宅に入居する。地図から消されようとされつつある町の行く末はまだ見えない‥。
監督からのコメント
放射能汚染された町につづく、穢れなきいのち
中村真夕(本作監督)
私が松村さんと動物たちのことを知ったのは、海外メディアでのリポートだった。津波で流された町を走りまわるダチョウ、お腹をすかせた犬猫たち、そして豚たち。誰もいない町を自分の家の裏庭のように車で周り、町に残された動物たちを面倒をみている松村さんの姿が衝撃的だった。日本のメディアでは、松村さんはこの町に残っていることは隠され、どこかから通って動物の世話をしている人として短く取り上げられていた。海外のメディアでは、松村さんは動物たちの救世主としてヒーローのように取り上げられていた。何が真実なのか?自分の目で確かめてみるために、私は2013年の夏、富岡町を初めて訪れた。私が出会った松村さんは、日本や海外で報道されている姿とは全くちがっていた。松村さんは畜産家でもなく、動物愛護家でもなく、富岡町を誰よりも愛する一人の町民だった。町から離れることを拒否し、残された動物たちを町の同胞として世話をし始め、一緒に生きてゆくことにした人だった。
「原発で町は潤ってきたが、また破壊もされた。これ以上、原発に翻弄され続けるのはうんざりだ」-
松村さんの静かな暮らしの背後には、そんな彼の怒りと抵抗が感じられ、それに私は強く共感した。松村さんについては短いリポートは沢山あったが、一年を通しての取材はなかった(もちろんそれは取材者にも長期取材による被曝の影響があることが懸念されたからだった)大手メディアでは、この町で松村さんが住み、いのちが続いていることをあからさまに報道はできない。だからこそ映画として、この町で今、起こっていること、そしてそこに生き続けるいのちについて伝えたいと、私は松村さんに季節を追っての長期取材を申し込んだ。
「放射能汚染をされていても、そこに生きる人、そしていきものたちのいのちは穢れないものなのではないか?」-
そんな問いかけを胸に、私は一年近く続くことになる取材を始めた。
中村真夕 MAYU NAKAMURA
コロンビア大学大学院を卒業後、ニューヨーク大学大学院で映画を学ぶ。
01年に文化庁芸術家在外研修員に映画監督として選出。06年京都を舞台にした劇映画「ハリヨの夏」(主演:高良健吾、於保佐代子、柄本明、風吹ジュン)で監督デビュー。釜山国際映画祭コンペティション部門に招待される。11年、静岡県浜松市の日系ブラジル人の若者たちを追ったドキュメンタリー映画「孤独なツバメたち〜デカセギの子どもに生まれて〜」を発表。ブラジル映画祭ドキュメンタリー部門グランプリ受賞。現在はNHKなどを中心にドキュメンタリーや 旅番組、震災関連番組のディクレクターとして活動する。
著名人からのコメント
「動物の命を救い、見取ること。
そこから得た知を未来にのこし人の命を救うこと。
短いスパンで考えると先行きの暗い現状の中
ナオトさんはその先を見つめている。
迷いの色をたたえつつどこまでも力強い眼差しにすいこまれる。
希望という言葉を、もう一度、信じたくなる」
(寺尾紗穂、シンガーソングライター)
「尋常ではない出来事に、尋常に対処する男の日々、そこには
ほのかな明るさがある。希望も多分そういうところにひそんでいる」
(谷川俊太郎、詩人)
「主義主張も英雄気取りもなく、もしかしたら自分が言う『ただの変わり者』かも知れませんが、放射能で汚染された中で動物たちの世話をし続け、淡々とやるべきことをやる姿に心が動きます」
(ピーター・バラカン、音楽評論家、ラジオDJ)
「政府がいくら禁じても、牛たちは交尾し仔を産む。繁殖したイノブタは家を荒らし、ある日突然、ダチョウが自殺する。無人の町でたった一人、弱き者たちの命を守り抜くナオトの姿を通して、中村真夕監督はフクシマの現実を可視化した」(盛田隆二、作家)
「『不思議なおっちゃん』だけど、誰よりも命に向き合っていて、
この宇宙で必要な人だと思います」
(大場久美子、女優・歌手)
「自分の身に火の粉が降りかからないと実感できない類の事がある。誰にとっても『対岸の火事』ではないというのに。この星に生きとし生けるものたちへの、大切なメッセージを
謙虚に受け止めたいと、思わされる」
(富澤タクa.k.a遅刻、Number the.グループ魂、福島県いわき出身)
「『こいつらは人間じゃない!獣以下だ!』と、残された動物たちは激怒し、恨んでいる。
申し訳ない。さらに、『殺処分命令』まで出す。<証拠>を消そうとする。醜い国だ。その中で、
ナオトだけが一人、決然と立つ。人間の勇気、良心を示したのはこの男だけだ。家畜やペットは置き去りだ。見殺しだ。こんなに人間に尽くしてきたのに。これはないだろう。最後まで面倒を見るのが人間の義務だ。国がやるべきだ。『国がやらないのなら、俺がやってやる』と立ち上がったのがナオトだ。この男こそが真の愛国者だ」(鈴木邦男、「一水会」最高顧問、福島県郡山出身)
4月18日(土)より新宿K’s cinemaにてロードショー!
その他、下記劇場でもご覧いただけます。
福島 ポレポレいわき 6月13日から6月26日
大阪 シアターセブン 5月16日より
神戸 元町映画館 6月中
京都 立誠シネマ 6月中
愛知 名古屋シネマテーク 6月中
新潟 シネウィンド 公開時期調整中
広島 横川シネマ 公開時期調整中
横浜 ジャック&ベティ 公開時期調整中
渋谷のアップリンクにて5/23〜6/5まで追加上映が決定!
『ナオトひとりっきり』 – 上映 | UPLINK
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/37442
映画『ナオトひとりっきり』公式サイト 中村真夕監督
http://aloneinfukushima.com/