買い物カゴに食材を放り込んでいるうち、遥は無性にテンションが上がってきた。

これもきっと初夏の気候のせいだ。陽が沈むとなおいっそう辺りから新緑の薫りがして、身体中の粒が弾け出しそうになる。外に出たい。フェスに行きたい。

帰ると、謙介は先に缶ビールをあけていた。

「あ。おかえり。お先にいただいてまーす。」

「あれ、早かったんだね。今ごはんの用意するけど。珍しいね、謙ちゃんがテレビ観てるなんて。」

「でしょ？いや、タモリさんすげーなと思って。歌番組とかひさびさに観たわ。」

こういう他愛ない会話がたまらなくいとおしい。日常のようで、かけがえない時間なんじゃないだろうか。

「え、てか何、アンダーワールド出てる。うそでしょ」

「知ってる人？」

「知ってるもなにも、あたし大好きなんだ。まさかこんな全国のお茶の間にテクノが流れるとか。ウケる。」

言いながら、遥は数年前のフジロックを思い出していた。Born Slippyが流れた瞬間のあの高揚感。会場が一体となった大歓声。今でも胸が熱くなる。今年は都市型フェスに出演するみたいだけれど、あの苗場の野外を超える経験はそうそう無いだろう。それでも大好きなアーティストだから見たい気持ちはある。行きたいフェス全部に行ったらそれこそ破産だ。

「このアーティストいいね、リズムが。祭りに通じるよ。」

「何その解釈」

「あるだろ？盆踊りとかのさ。一定のリズムで、オーディエンスを掴んだら離さない感じ」

謙介は地元の商工会議所に関わっていて、毎年時期になるといくつものお祭りでお神輿を担いだりする。一緒にキャンプしながら音楽がきけたらどんなに楽しいだろうかと再三誘うのだが、俺はフェスより祭りだから、の一点張りなのだ。

「おっ、そら豆じゃん。どうしたの」

「へへ。さっき買ってきた。謙ちゃん好きじゃん。初モノです。」

「最高。じゃ、乾杯」

「カンパイ」

今夜は機嫌が良さそうだからもう一度誘ってみるか。

「謙ちゃんさ、今年こそフェス行こうよ。静岡のフェスにね、デニス・ボーヴェルとキャロル・トンプソン来るんだよ。謙ちゃんレゲエ好きでしょ？あと赤レンガにはチャカ・カーンだって。この目で見られるなら観てみたいし。ほかにもね」

「俺はいいよ。友達といっておいで。そうだ遥、フェスとお祭りの違いって何だと思う？」

「どしたの急に」

「俺の思うに、神仏の有無なんだわ。祭りの語源って『奉り』なんだよ。フェスに神様いないでしょ。」

「キヨシローがいるじゃん」

「忌野清志郎のこと？まぁある意味そうかもだけど、そういうんじゃなくて。」

謙介はもうそら豆を食べつくす勢いである。

「お祭りには慰霊とか鎮魂みたいな意味もあるんだよ。盆踊りとかの踊りって、皆で地面を蹴るような動きあるだろ。あれ地中に眠ってるじいちゃんばあちゃんをノックしてるわけよ。俺らは元気ですよって。だから土地に生きてる地元の俺らがやんなきゃならない。フェスってそういうのないでしょ。」

「ないのが嫌なの？」

「嫌じゃないけど。俺は祭りのほうが肌が合うってだけ。」

そういうもんかなぁ。あたしはフェスのほうが好きだけれど。だってフェスには開放感がある。両手をひろげて伸びをしていくような、木で言ったら、青葉がぐんぐん繁って天まで届くような、上昇するエネルギーがある。それに比べるとお祭りは、土地に根付いていく感じ。謙介の言うように、そこに住んでいる地元の人たちのものって感じで、どことなく入り込みづらい。でも確かに、葉を大きく繁らせるにはその何倍も地中の根がしっかりしていないとダメだろうし、根がしっかりするのには枝が大きく繁る必要があるんだろう。フェスもお祭りもどっちも必要なんだろうなと思う。

そうこうしているうち、ごはんが炊けた。

「ごはんできたよ。」

「え、カツオ？初鰹とか超豪華じゃん、やった。」

「旬だからね。では、いただきます。」

「いただきます。」

今日も口説けなかったけれど、また今度誘うことにしよう。あたしが逆に謙ちゃんのお祭りに行ってみるっていうのもいいかもしれない。

テレビではタモリが手を振っている。食卓がある。幸せだな。ひとくち目を口に運びながら、遥の口からは思わず溜息が出ていた。