【辻信一さんから】忘れないでください。皆さんひとりひとりがハチドリのクリキンディです。

ナマケモノ倶楽部」世話人の辻信一さんより友人知人に向けてメッセージが届きました。混乱が続く毎日ですが、今必要な事を語りかけるように綴っています。(写真は左が辻信一さん、右がサティシュ・クマールさん)
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親愛なる皆さん、辻信一です
この困難な状況の中で心優しい皆さんの気持ちにふれることができるだけでも、ありがたいことだと思っています。かつて、六ヶ所の再処理工場稼働に反対するStop Rokkashoのキャンペーンで、「逃げろ、どこへ?」と題するビデオをつくったのを覚えている方もいるでしょう。

ぼくたちには、今まさに「逃げる勇気」「逃げてもらう勇気」が問われているような気がします。

特に、親戚や友人の中に幼い子どもがいる場合は、その人たちに避難するという選択肢があることを示してあげてほしいのです。(細胞分裂が活発な低年齢ほど放射能の影響が大きい。胎児や幼児と高齢者では数十倍〜100倍以上の差がある)そのためには、まず、行く先がある、引き受けてくれる場所が、人がいるということを示す必要があります。

こうして書いている最中にも、心の中に怒りや焦燥感や悲しみなど、いろんな気持が湧き上がってきます。自然災害を前にした文明の脆さを思います。改めて、原発というものとその背後にあるシステムの暴力的な本質を思います。また原発に象徴されるような、人間の思い上がりや都市の傲慢を思います。巨大な権力を大企業や政府官僚やマスコミや専門家に預けてしまった空虚な民主主義を思います。

そんな時には、サティシュ・クマールの言葉を思い出しましょう。「個人ではなくシステム。これに気づくこと。それが求められているのです。世間にただ従う代わりに、このシステムがいかにしてできたかを理解し、自分たちも、多かれ少なかれ、その一部であることを、自覚するのです。その上で、まず自分自身の暮らしを変え、システムから抜け出すよう、人々にも働きかけましょう。」

もう10年も前に、ナマケモノ倶楽部が中心になって、東京で「脱原発の文化へ」という催しをしたことがありました。政治から引退してすでに北海道に帰っていたアイヌの指導者萱野茂さんも体調不良に関わらず上京し、「原発は天に唾すること、必ずその唾は自分に降りかかってくる」という痛切なメッセージを遺してくれました。

さて、その時の集まりのタイトルにこめたぼくたちの気持を思い出してください。脱原発は単なる技術的な問題でもなく、単なる危険性の問題でもなく、単なる経済問題でもなく、それは文化の問題であるということです。ぼくたちの価値観の問題であり、世界観の問題であり、倫理の問題だということです。

それは、ナマケモノ倶楽部をはじめ、スロームーブメントが常に、自らを環境=文化運動と呼んできたことの意味でもあります。

しなければならないこと、できるならしたいことなど、たくさんあって、その優先順位を決めるのはとても難しい。情報が少なすぎるのも、多すぎるのも、同じくらい大変なことです。その中で、刻々どう考え、どう行動するのか、まさにひとりひとりが問われているのだと思います。この試練をどう生きるか?

それをくぐり抜けるプロセスそのものが、新しい文化を、価値観を、世界観を創ってゆくプロセスであり、それを生きるひとりひとりがその新しい文化の担い手へと育ってゆくプロセスだ、というのがひとつの答えだと思います。脱原発をはじめ、いろいろな文化創造(カルチャー・クリエイティブ)運動をやってきたぼくたちだからこそできる、大切なことがきっとあるはずです。

忘れないでください。皆さんひとりひとりがハチドリのクリキンディです。

辻信一

文化人類学者。環境運動家。明治学院大学教員。1999年NGO「ナマケモノ倶楽部」を設立、以来そキーワードにそのリーダーとして「スロー」を環境・文化運動を展開する。「100万人のキャンドルナイト」よびかけ人代表。主な著書に『ハチドリのひとしずく−いま、私にできること』(光文社)、『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)、『「ゆっくり」でいいんだよ』(ちくまプリマー新書)など。その他、「ゆっくりノートブック」シリーズ(大槻h素点、現在まで7巻)を刊行中。